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映画・本

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小説 桜庭一樹「私の男」あらすじ・感想

評価★★★ 小説 直木賞 2007 桜庭一樹

お気に入りの女優さんが発掘できた。

美しい人は目の保養になるけど、映画の場合は、顔の良し悪し以前に、その演技力だったりその人独特の雰囲気にのまれドキドキする。

 

最近目に留まる女優さんは二階堂ふみさん。美しいのは百も承知だけど、演技派女優と呼ばれるだけあって、いつのまにか引き込まれる。彼女と浅野忠が主演を務めた映画「私の男」まだ映画は見ていないけど小説を読み終えたので感想を書こうと思う。

 

 

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初版発行2007年10月30日

著者桜庭一樹

 

  • あらすじ

私は腐野花(くさりの・はな)。着慣れない安いスーツを身に纏ってもどこか優雅で惨めで、落ちぶれた貴族のようなこの男の名は淳悟(じゅんご)。私の男、そして私の養父だ。突然、孤児となった十歳の私を、二十五歳の淳悟が引き取り、海のみえる小さな街で私たちは親子となった。物語は、アルバムを逆からめくるように、花の結婚から二人の過去へと遡ってゆく。空虚を抱え、愛に飢えた親子が冒した禁忌、許されない愛と性の日々を、圧倒的な筆力で描く直木賞受賞作。(BookLive より)

 

 

 

 

桜庭一樹が綴った第138回直木賞受賞作。名前から筆者は男性だと思っていたが、なんと女性だった。(しかもなかなかの美人。)全体がどこからか艶かしい雰囲気を持つのも女性だからか、と納得できる。作品は第一章から六章に分かれていて、違う登場人物の視点から描かれている。面白いのは主人公「花」と義父「淳悟」の出会いから現在に至るまでを時世に逆らって解説していること。アルバムをめくるように各出来事が掘り返されていくので、重たい内容にも関わらず続きが気になりスラスラ読めた。

ただ、「恋愛小説」と区切るにはあまりにも内容が重く、好き嫌いがハッキリ別れる作品だと思う。正直私は他人におススメはしないだろう。禁断の愛を描いた作品だけど、その当人に感情移入することは全くなく(よく少女マンガなんかにある結ばれない2人を思うと切なくなる。なんてことは全くない。)、逆に2人を取り囲む小町さんや花の夫視点で書かれた二人の感情に同意したり、花と淳悟の時を追う度に変わっていく関係性に目を見張ることが多い。なによりも固い絆で結ばれていた2人がなぜ離れたのか、2人の出会いと別れがただ、悲しい。

 

内容が重すぎた為評価2としたが、構成の上手さを踏まえ、1つ足して評価3とする。

 

 

以下ネタバレ

 

 

 

 

 

 

この小説を一言で表すのは難しい。上でも書いたように一概に恋愛小説に分類されだろうが、主人公「花」が愛しているのは義父の「淳悟」だし、そこに「殺人」が加わって、「禁断の愛」の小説が一遍「ミステリー小説」のような緊張感も含まれてくる。表紙の絵がそれを表しているようにも見えるのも良い。

 

このドロドロとした小説がグロテスクなだけに終わらないのは、義父「淳悟」がすごく優雅で、色気に満ちた、貴族のように人を引き付ける力があるからではないだろうか。小説は「私の男は、ぬすんだ傘をゆっくりと広げながら、こちらに歩いてきた。」と主人公「花」の視点から始まる。

「私の男」

題名でもあるこれはどのような意味か考えた。シンプルにその趣旨を捉えると、私の「彼氏」や「夫」にあたるのだろうが、はたしてそれを、「私の男」と表現するのだろか。

所有欲や独占欲の現れで若いよくいる不良なんかが彼女のことを「俺の女」と呼んでいるのを耳にするが、20代の女性が、ましてや自身の義父のことを「私の男」と呼ぶのは何故か。最初のこの一文に引き付けられ、後に続く花の心情や二人の会話を注意深く読んでしまう。

 

第一章「2008年6月花と、ふるいカメラ」

「花」が愛した「淳悟」は「社会の為に働いて、その社会の一員となって生活する」ような褒められた社会人ではなく、痩せた体に無精髭、くたびれたスーツを着、盗んだ傘を平気で花に渡すような、どちらかというと模範的な年不相応な40歳の男性だ。花もまた、淳悟の非社会的行動を強く批判するもなく、だからといって同調するでもない、淳悟を蔑むと同時にどこか恋しく思っている。なによりも強く淳悟から離れたいと望んでおり、美郎との結婚を淳悟から決別するきっかけにしようとしていた。結婚式で淳悟と思い出があふれる中「ありがとう」ではなく「さよなら」と告げ、人生をやり直すことを決心する。しかし花が新婚旅行に行っている間に、淳悟はなにも言わず忽然と消えてしまっていた。花は淳悟が最後にいった「忘れるなよ」の言葉を支えにこれからの人生を漠然と歩もうとする。

 

第二章「2005年11月美郎と、ふるい死体」

花の夫、美郎は幼稚舎から一貫の大学を卒業し、父親は親会社の重役という絵にかいたような「お坊ちゃま」だ。父親への反抗心から父とは違う道を歩こうと、自分はバランスよく何事もこなす。「社会の権力」をもっている自分を理解していて、それ目当てに近づいてくる女を器用に見極めるが、花だけが自分を憐れむような目でみていることに気づく。「女って、社会の下から吹く甘い風にも、弱いんじゃないかなぁ。なぜなら、女も弱いから。」「わたしのおとうさんは、最低なの」「最低だけど、最高なの」

どこか艶かしい花の、娘からの父への気持ちと自分が持つ、息子からの父への違いに違和感を抱きつつも、花に興味をもった美郎は、偶然花と淳悟が住むアパートに泊まることになる。花は美郎に疲れ果て助けを求めるように「きっかけがあればおとうさんから逃げる」と言い、淳悟もまた「親子ってのはいつでも一緒じゃない。(花が)ほしいか?」と感情が読めない表情で言い放つ。「チェインギャング」のようにお互いが絡み合って身動きがとれない、お互いを苦しめている「親子の形」がそこにはあった。

 

第三章「2000年7月淳悟と、あたらしい死体」

北海道から花と淳悟は逃げるように東京足立区の古びたアパートに引っ越してきた。過去の詮索をされないようにと極めて目立たないように過ごしていた2人だったが、淳悟からはいつも女の、「花」の匂いがするし、花もまた時折見せる表情が女子高生のそれとは思えないほど大人びていた。ある日淳悟のもとへ、北海道から知り合いの刑事「田岡」が訪ねてくる。淳悟を「根無し草」の顔になったと言い放ち、「大塩さんを殺した犯人」を捜していると告げる。殺人者かどうか、顔をみればわかると話す田岡は「花に会わせてくれ」と淳悟に告げ、また「”それ”(殺人)は決して突発的に起こることではなく、その一線を越えられる人間は我々とは根本違う人間だ」と話す。大塩殺しの証拠となりうる「カメラ」を田岡が持っているのを知り、淳悟は田岡を刺し殺し、その遺体を花と一緒に押入れに隠す。「おまえも、大塩のじいさんを殺した。俺も、田岡さんを殺した。」と話す淳悟は花とお互いを同じ「お互いのために一線を越えられる人間」と、よりいっそう求めあうようになる。

 

第四章「2000年1月花と、あたらしいカメラ」

16歳になる花は義父淳悟と北海道、紋別に住んでいた。海上保安部に勤めていた淳悟は家を空けることが多く、花は震災にあった時からお世話になっている優しいおじいさん、「大塩」さんに見守られながら生活していた。友達の章子に「わたしは、ぜったい結婚しない」と話す花は、骨になっても淳悟と一緒にいたいと望んでおり、人目を気にしながらも淳悟との許されない行為を続けていた。それを大塩さんにみられ、カメラにとられてしまう。「世の中には、けして、してはならんことがある。」と大塩さんは「淳悟が実の父親であること」を花に打ち明けるが、実はもう花はそれを知っていて、淳悟と自分を引き離そうとする大塩さんを海に突き落とし殺してしまう。「人を殺したら、おとうさんがわたしの神になった。」信仰にも近い、自分にあるのは父親の「淳悟」だけと疑わない花は、淳後の娘から「女」になり、お互いだけを見つめて東京へ行方をくらます。

 

第五章「1996年3月小町と、凪」

12歳になる花は「震災孤児」という名目から周りに気にかけられて育てられたが、当時淳悟と付き合っていた「小町」だけは花が発する、震災だけが原因ではない「妙な違和感」を疑問に思い、苦手としていた。淳悟の父親は漁師で海に呑まれて死に、それを境に厳しくなった母親も病死しており、「あいつ(花)は、海からきたんだ。」と語る淳悟に、花の義父としてではない、なにかの可能性に気づく。淳悟が花に向かって悲願するように叫ぶ「おかあさん」という単語や、それを包み込むように受け止める花の、12歳の子供が持ち得るべきではない母性愛にあふれた表情を目にし、絶望する。淳後の事を諦め、なにもかもやり直したいと東京へ向かう。

 

第六章「1993年7月花と、嵐」

「こころのどこかでずっと、ここが自分の居場所ではなくて、ほんとうにいるべき場所が他にあるような気がしていた。」小学四年生の花が抱いていたこの気持ちは、確信に近く、家族が本当の「家族」ではない、具体的にいうと「自分」だけが本当の家族の一員ではない、孤独に溢れていた。そんな花の住んでいる町を地震が襲い、花の家族は花だけを残して「ほんとうの家族」だけで死んでしまう。避難所で一人になった花は親戚を名乗る淳悟に引き取られる。「初対面という人の気が、なぜだか最初からしなかった」と淳悟へ信頼を寄せる花は、淳悟から「血の人形の話」を聞かされ、淳悟は花の血中にある「母親」を欲していると知り、花もまた自身がずっと望んでいた「家族」を淳後の中に見つけ、毎晩行われる儀式のような行為により、お互いがお互いなしでは生きられないようにしてしまう。「この手を、わたしは、ずっと離さないだろう。」花の心は淳悟を受け入れ、義父や実父を超えた、異常なまでの親子のあり方を創っていた。 

 

 

  •  感想

 

大人の、得にどこかあなどって見ていた男性からふと優しくされた時、カチリとなにかはまったような感覚をくれた時、人はその人を恋しく思うのか。俗にいう「ダメンズ」な風貌の淳悟は、ただ「ダメな男」ではなく、どこか優雅にそっと人を引き付ける魅力に溢れていた。だから花はそんなにも淳悟から離れがたいのか。そんな風に思いながら読んだ第一章だったが、どうも二人の関係はそんな安易な恋心だけではないらしい。花は確かに淳悟を愛しく思っていたが、それは過去の好奇心と興奮の延長線上にしがみついていたから残っただけの感情で、「愛し合っている」とは程遠い、情愛にも似た感情しか二人には残っていなかった。必要にお互いを気にかけているにも関わらずだ。

 

 

この小説のキーは「超えちゃいけない線」なのかと思う。

花と淳悟は2つ、「親子の間で関係をもつこと」そして「人を殺すこと」を犯していて、線を超えるごとに着々と破滅の方向に向かっている。
「殺人」は言わずも知れた、道徳観念で「人は人を殺してはいけない」とされるが、親子の間で関係をもつのは(生物学的に子供は作らないとして)何故いけないのだろうか。この2人を見ているとそうとさえ思えてくる。父を亡くした境に豹変してしまった母を淳悟は、花の、「血の人形の中」で見つけようとし、また花も「ほんとうの家族」を見つけ、お互いを離れられないようにしてしまう。「血の繋がりは何よりも固い」だから「父と娘の間ではしちゃいけないことなんてない。」確かにそうなのかもしれない。だが「殺人」だけは話が別だ。例えば殺人が1回きりで、花が大塩さんを殺しただけならば、2人の結末は違ったものになるのかなと思う。淳悟は実際そうしたように、海保を辞め東京に逃げたし、なにもかも忘れようとして2人で新しい生活を始める。こんな「愛する人の為に」秘密を共有するのは、まだ見近に見れる理解できる行為だけど、その秘密を守るために同じ「人殺し」になってしまうのは、まったく別だ。その線を引くことが淳悟と花には難しかった。お互いがお互いのために人を殺したことで、本当に雁字搦めの、美郎が見た「チェインギャング」そのものになってしまう。

二つべつべつの鉢から生えたほそい貧相な木が、鉢を近くにおきすぎたせいで途中から絡まって、一本の木みたいになって上にのびているのだ。剪定もされず、無駄な枝や花弁や実に疲れ切って、二人とも乾いて痩せていた。どちらがどちらを支えているのか、お互いに困っているのか、必要としあっているのかもよくわからない。それはなんともグロテスクなフォルムだった。

 この文章がたけている。どちらかが支え、片っぽが助けられている描写ではなく、お互いが支えを必要とし、奪い合い、げっそりと疲れ果てているのだ。これでは確かに花は淳悟から離れる「きっかけ」を欲するのかなと思う。

また美郎視点の文ではあるが、「彼女が大事だという気持ちは、日々、がんばらないと保てなくなってきていた。努力しているつもりなのに、それでも輪郭がどんどんゆるんで、正体のわからない重みだけがゆっくりと増していく。」「年上の、力強い女の人に対して、僕は初め、苛立ちと尊敬が入り混じった複雑な感情を抱いたのだった。弱いところを見せられるたびに、だから、だんだん、つまらなくなってきてしまう。」などの文も共感できるし、花も「殺人」という大きなきっかけの前に淳悟に対する気持ちが、社会にでるにあたって変わりつつあったのかなとも思う。

 

謎に溢れているのは淳悟の方だ。第三章では唯一、淳悟の視点で物事が描かれるがそこに淳悟の感情が描かれることなく、母が豹変した様、花の母親のこと、そして生死など想像はできても事細かに記載されていない。疑問が残る小説ではあるが(田岡の死体が押入れに入れっぱなしだったり)あえて無駄な文を挿入しないことで、花と淳悟の変化に重点を置けるように仕向けた作者の狙いかとも思う。

 

もう一つ、書き留めたいことは花と淳悟の「交代」だ。

小町が嫌ったように子供時代の花はどこか大人びていて、淳悟の異常なまでの求愛を母性愛で返すような、危うさも色気も兼ね備えた子供だった。同級生、暁の恋心に応えることもなく、淳悟のみを愛していたが、第一の殺人で大塩を殺した花は急に幼児化したように見られた。もともとが大人びていたから年相応になったとも言えるが、人を殺した恐怖から淳悟に甘え、欲し、また「男の子と原宿」にいくなど普通の娘に戻り、結婚した現在まで淳悟に一方的に寄りかかって生きていく。反対に淳悟は「義父」としての役割は果たしているが、二人きりになると必要に花を求め、成人男性が赤ん坊のように子供に寄り添う姿がグロテスクにみられる。東京に逃げた淳悟は父親として花を守ろうとする強さをみせるが、田岡を自身が殺したことにより、花から逃れることができなくなり、非社会的な人間に成り果てる。

こう文を書いてみると、筆者の文に漢字が少ないように思うのだが、それももしかしたら「子供時代の大人っぽい花」と「大人になったけど子供のままの花」を上手く表現する為の狙いだったのかも。

 

ちなみに私は淳悟も花もどちらとも自殺はしないと思う。花がいっていた通り「生きるために」ここまで逃げてきたんだし、「血の繋がり」がある二人だからこそ自分の中にお互いの存在を感じつつ、それを誰にも悟られないように生きていくのではないだろうか。淳悟が働いて社会復帰するところなんて想像も付かないけど、だからといって花を残して死ぬもの想像つかない。だって淳悟は「花が悲しむこと」は絶対にしない。結末を知ってるだけに、小説の最後の一文が心に響く。

 

 

 

 

 

私の男 (文春文庫)

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